ニューヨークジャズ通信/ジャズの本場ニューヨークからホットな情報をお届けします。

山本恵理がお届けするN.Y. Jazz通信(2007/8/09)

山本恵理(ピアニスト)
ニューヨーク在住12年。アメリカ国内に加えヨーロッパ、カナダ、日本でもツアー。
4枚目トリオアルバム "Cobalt Blue" は、世界中で高い評価を得る。
山本恵理公式サイト:http://www.eriyamamoto.com/

皆さんこんにちは。お元気ですか。NYはすっかり夏模様です。セントラルパークの芝生の緑がまぶしい季節です。
私は秋からのヨーロッパ&日本ツアーに備えて、毎日作曲にいそしんでいます。
今年のNYトリオ日本ツアーが決まりました!11/23〜12/12、全国19カ所にてライブがあります。
ジャズオントップには12/6(木)出演です!

ボビーのNYジャズ話 その2

『"Boomers"には素晴らしいミュージシャンが沢山出演していたらしいけど、どうやってミュージシャンを集めたの?』
『そのころサイドプレイヤーとして活躍していたミュージシャン達に、リーダーとして僕のところでやらないかって、声をかけたんだ。シダーウォルトン、ルイスヘイズ、ジュニアクック、マッコイタイナー、ウッディーショウ、アルバートデイリー、ハンクモブリー、ウイントンケリー、ボブクランショウ、ロン カーター、ミッキーロッカー、バスターウイリアムス、ビリーヒギンズ、マイケルブレッカー、ミルトジャクソン、ローランドハナ、セシルテーラー、ローランドハナ、ジャコパストリアス、スタンゲッツ、ベティカーター、ロイヘインズをはじめ、毎晩いろんなミュージシャンが出演したよ。 毎晩3セット。特に最後のセットはいつも豪華飛び入りがあって、凄かったよ。セットが終わるのは毎晩大体、朝の4時ぐらいだったよ! 最多出演はシダーウォルトン、サムジョーンズ& ビリーヒギンズのトリオだね。ビリーがいないときはルイスヘイズがドラムスだった。彼らはクリフォードジョーダンも加えて、"A night at Boomers"というアルバムも出している。カバー写真は、店の前で映したものだよ。』

『Boomersのあったグリニッジヴィレッジには、当時いろんなミュージシャンが住んでいたみたいだね。』
『そうなんだ。ピアノのボビーティモンスは、角を曲がってすぐのアパートに住んでいてね。毎朝僕がBoomersのドアを開ける頃が、ちょうど彼がジュリアード音楽院に行く時間でね。 ”ウイスキーを引っ掛けてから行かないと、学校になんかいけないよ!”といって、毎朝Boomersで一杯やってから学校に出かけて行ったよ。』
『 ジュリアードで何の勉強をしていたんだろ?』
『それは、僕にもよくわからないよ!(笑)』
『出演者以外にも、Boomersにはいろんなミュージシャンが遊びにきていた?』
『もちろんさ。デキスターゴードン、マイルスデイヴィス、セロニアスモンク(彼はいつも静かだったなあ。)、ニーナシモンズ、チャールズミンガス、ローランドカーク、ジョンレノン&ヨーコをはじめ、いろんなミュージシャンが集っていたよ。あの頃のグリニッジヴィレッジのエネルギーは本当に凄かった。』
『プライベートでも、いろんなミュージシャンと集っていたんでしょう?』
『もちろん!あるとき、50丁目に住む友人宅にシダーウォルトン、トミーフラナガン、クリフォードジョーダン達と遊びに行ったんだ。みんな代わるがわるピアノを弾いたんだけど、シダーは ”じゃあ!”って言って、立って踊りながら、しかもブルースを歌いながらピアノを弾いたんだ。みんなで笑い転げたよ!』
『マイルスデイヴィスとはプライベートでも交流があった?』
『もちろん!マイルスが音楽活動を休止していた頃にも、何度か彼の家に遊びに行ったんだけど、いつも部屋は真っ暗。”マイルス、電気つけろよ。”って言っても”うるさい!”って言って暗いまま。だけど、三回言ったら、渋々電気をつけてたけどね!』 ツーショット写真
『Boomersはどのくらい続いたの?』
『1979年まで8年続いたよ。今のNYと同じでね。家賃の高騰で、店をたたまなければならなくなったんだ。最後の日の”閉店パーティー”にはいろんなミュージシャンが集まったよ。』
『どんなメンバーが集まったの?』
『NYのミュージシャン全員さ!』

今でも、いろんなジャズクラブに聴きに行くボビー。
土曜日の夜は、いつもアーサーズのカウンターの一番角に座っています!



グリニッジヴィレッジに、Cachaca(カチャサ)という新しいジャズクラブがオープンしました。
今月、私のトリオも出演しますので、その詳細は次号にて。
次回をお楽しみに。
山本恵理


ではまた次回をお楽しみに!
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